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知って得する!雑学情報Ⅰ

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知って得する!雑学情報


スパゲティーなどに掛けるタバスコって誰が日本に持ってきたの?

これは元プロレスラーでもあるあの大御所のアントニア猪木が日本に持ってきたのがきっかけで、とてもスパゲティーやピザなどのスパイスとしてかけると大変マッチするということからこのタバスコは日本に一気に広がったのであります。



おやつは午後3時と決めたのは誰?

おやつは『お八つ』の事で、江戸時代の時刻の昼八つ(午後2時~4時)に間食が出された事からきています。もっと正確にいうと昼八つ半が午後3時にあたるのだが、いまでも『お三時』という言い方をすることもあります。

『おやつ』はこのような江戸時代の習俗から生まれたもので特定の個人や団体が午後3時を決めたわけではありません。だが京都や大阪では本願寺の太鼓が昼八つを告げるのを『おやつ』といったというので、お寺と菓子屋による陰謀がなかったとは言い切れないでしょう。



徳川将軍はどんな女性にも夜とぎさせたのか?

将軍の政夫人である御台所(みだいどころ)は勿論一人だが、大奥のほかに中臈(ちゅうろう)と呼ばれる女達が多数いて将軍の目を引く為に華美な衣装を競い合っていました。

将軍がその気分になると昼間のうちに中臈たちを次々に品定めをして、好みにかなった女に『名は何と申すか?』と声をかける。すると夜には必ずその女が将軍の寝床で待っていて、絹の布団にくるまれて一夜をすごすのだったという。

一度でも将軍と寝床をともにすると、その中臈は『お手付』とか『汚れた方』と呼ばれて独立した部屋がもらえたという。



何故ロンドンのバスは2階建てなのか?

ロンドンの二階建てバス(ダブルデッカー)のもとになったのは二階建ての馬車で、19世紀の初めにフランスの乗合馬車のシステムが輸入されたものです。乗合馬車だから低料金でなければならず、できるだけたくさんの乗客を乗せる為に馬車の屋根の上を利用したことから二階建てスタイルが始まりました。


噂は本当に75日で消える?

よく『人の噂も75日』といいます。この75日はそう長くはないたとえとして言われています。『人を謗るは鴨の味』と、他人の陰口をいう気味のよさがいわれるのに対して、よい噂も悪い噂もそんなに長く続くものではないと言うときに使われます。

ところがまた、『初物食えば75日長生きする』ともいいます。こちらは初物を食べれば長生きするという日数として使われています。これは野菜の種をまいてから収穫するまでのおおよその期間kらきていると考えられます。

どちらにしろ75日はひとつの季節の区切りである事と、語呂のよい数字である事から日本人になじまれたものなのです。だから噂はぴったり75日で消えるわけではないが、その季節をやりすごせb消えてしまうようです。


憎呂はなぜ頭をそるのか?

出家とは家庭などの関係を切り戒を受けて憎になる事をいいます。戒というのは、守るべき宗教上の掟の事で、それを受ける儀式を得度式といいます。得度式に先立って髪をそって坊主頭になるのだが、これを『棄恩人無為』といい、俗世間を捨てて仏弟子になる心を表明する為に行うとされる。


レオナルド・ダ・ヴィンチが左利きの根拠とは?

天才ダ・ヴィンチが左利きだったとわかるのは、彼の素描や習作からです。スケッチに影をつけるときはサッサッと斜線を引いて色を濃くするが、描く人がその斜線をどの方向から走らせたかで利き手がわかるのです。

まず右利きだと線は右上から左下へ降りる。鉛筆を手のひらの内側に向かわせるほうが自在に描けるからです。ところが、ダ・ヴィンチの場合は、その斜線が左上から右下へ降りている。つまり鉛筆を持っていたのは左手だったのです。


人一倍努力したというが一倍では意味がないのでは?

『俺は人一倍努力したから成功した』とか、『夢を掴むには人一倍の努力をしなければならない』などと、人一倍って言葉をよく耳にしますよね。この言葉の意味をよく考えるとおかしいですよね?

人一倍=x1=同じ

『人一倍努力した』という意味をよ~く考えてみると、結局人より多く努力した事にならない事になりますよね。ある数を1倍しても、数は変わらない。ところが『人一倍の努力』というと、他人よりさらに努力を重ねることをいうはずなので、数学的に間違っているのではないか?

正しく言うならば、『人2倍』『人数倍』ではないかと思いたくもなりますが、ここが日本語の面白いところでもあるのです。

この『一倍』には、ある数量に1をかける事の他に、ある数量をふたつ合わせた数量という意味があるのです。つまり、たんに倍といえば2倍をいう事から、1倍が実は2倍を意味するという、ややこしい展開なのですね。

だから『人1倍の努力』のもともとの意味は『人より2倍の努力』だが、さらに倍数にこだわらずに、人よりもっともっと努力を重ねるという意味が出てくる訳です。また『先ごろ会ったよりも1倍美しい』というように副詞的に用いると、一層ひとしおという意味になります。

誉められると女性は嬉しいといいますが、1倍ではもとのままなので不足だとむくられても困るので、使う時は相手を選びたいものです。


『ドラ息子』と『ドラ猫』のドラって何?

この『ドラ』は打楽器の銅鑼(どら)からきたものです。銅鑼は仏事や船の出帆のときに打って鳴らされるが銅鑼を鐘になぞらえその鐘をさらに金になぞらえて、鐘を突く⇒金を突くとすすめ金を使い果たすことにかけたものです。

そこから『どら息子』は怠け者のくせに金のかかる遊びのすきな息子をさすようになりました。そして息子でない者には『どら者』といういいかたがある。また『どら猫』といえばその顔つきや動作がふてぶてしく平気でよそのものを盗み食いしたりする猫をさすようになったの事。
01
2011

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